あれから18年

  •   18, 2013 17:49
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こんにちは

寒いですね

昨日で 阪神淡路大震災から 18年立ちました

わたしは当時 妊娠7ヶ月で切迫流産の為 赤十字病院に入院していました

早朝 突然の大きな揺れに びっくりして飛び起き

点滴だけは逃がしたらいけんと思い 必死に握りながらベットにしがみついていました

しばらくたって 「カチン」と何かがあたる音がし シーンとなったので

恐る恐る 顔を上げてみると (4人部屋だったので)

みなさんの ベットが中央に集まっていて ベットがぶつかった音でした

「みんな無事かぁ~」と 確認して泣いたのを思い出します

その後 テレビで大惨事になっていたことを知り 驚くばかりでした

わたしは この日のことを忘れることができません

この日生まれた子もいます 

18歳になり 高校を卒業します

こんな 記事を見つけたのでよかったら読んでみて下さい


☆1995年1月17日生まれ


誕生日は、1995年1月17日。

あの阪神・淡路大震災の日に東灘区で生まれました。

物心ついたときには、知っていました。

お父さんやお母さんから聞いていたから。

正直、自分の誕生日は、とても複雑な気持ちになります。

お祝いはするけど、亡くなられた方には、その日は命日。

もしかしたら、自分も生まれてくることは

なかったかもしれない。それを思うと、素直に喜ぶのも

何か悪いような気がしたのです。

でも、当時の出産の様子を母から聞くと、そんなふうに

考えるのはやめて、もっと前向きに、明るく、たくましく、

生きていかなくては逆に申し訳ないと思うようになりました。

周囲はとてつもない被害に遭ったのに、

奇跡的にかかりつけの産婦人科が無傷だったこと。

停電のなか、ろうそくや懐中電灯を灯しながらの出産。

暖房も切れていて、体が冷えないように

ずっとタオルに包まれ温められていたこと。

何があってもへこたれず、立ち上がり、困ったときには支えあう。

そんな人の輪のなかで、僕は産声をあげた。

「勇志」という名前には、その時のみんなの気持ちが

込められているような気がしてなりません。

今では、この日に生まれてよかったとも思っています。

命のありがたみを忘れずに持ち続けていられるから。

・・・・2009年 三井住友銀行広告記事より・・・・



これを見つけた時 胸がぎゅーとなりました

当時 テレビからしか情報は伝わらなかったけど

大変な事態だったと思います

この日以来 1日の終わりに

「今日も 何事もなく無事で過ごせた ありがとうございます」と

感謝するようになりました

子供たちにも 普通の日々が幸せだということが伝わってくれたらいいと思います

亡くなられた多くの方のご冥福をお祈りします

では☆また

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